ヒーローになる親父日記!

45歳リタイアを目標に会社員してます。子供に聞かれて、答えられなくて困る事を、宿題のように記事にしていきます。宜しくお願いします。

【1970年大阪万博で発信された商品】読めば万博のスゴさがわかる?未来に発信!

 

こんにちは!

 

2025年大阪万博決定と言っても、なかなか実感がわきませんよね。

 

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今回は、1970年開催の大阪万博で、世の中に普及した商品を紹介していきます。

この記事を読んで頂き万博が、どれだけ未来に発信した博覧会なのかを、理解して頂けたら幸いです。

 

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目次

 

 

 

動く歩道

博中は、動く歩道を歩く人が増えて、コケて何十人と怪我をしたそうです。

大阪万博以降、一般的に普及しました。

現在だと、駅・空港に設置されています。

 

②テレビ電話

55年前は、テレビ電話は活気的な商品だった事が予想出来ます。

 

現在では、スマートフォンを使用すれば、テレビ電話は、簡単にかけれますが、相手の顔を見ながら電話が出来る便利なアイデアは、この博覧会からスタートした。

 

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③ワイヤレスホン

NTTブースで未来の電話機として展示されました。

来場者が手にとって操作出来て日本国内への通話や、会場内の端末同士の通話ができました。
現在の携帯電話の原型と考えるとすごい事ですよね。

 

④ケンタッキー・フライドチキン

阪万博に実験店舗で出店したのが初ケンタッキー・フライドチキンです。
チキンとポテトにロールパンを付けた350円のセットが、一日に約4,600セットも売れるほどの盛況ぶりでした。
実験店舗は成功でした。

1970年7月に、日本ケンタッキー・フライドチキン社が設立されました。

 

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ファミリーレストラン

メリカの外食大手企業であるハワード・ジョンソン社が出店を中止したため、日本のロイヤルホールディングス社が万博でステーキハウスを出店しました。

結果としては、すごく繁盛して万博の店舗としてはNo.1の売上となりました。

何と売り上げは、11億円を達成しました。

このとき培った、海外のお客様に提供する食事を元に、日本のファミレス「ロイヤルホスト」がオープンしました。

※1971年、北九州市ロイヤルホスト一号店をオープン

 

 

⑥缶コーヒー

1969年、世界初の缶コーヒーを発売したUCCでしたが、苦労して開発したもののなかなか販売に結びつきませんでした。

コーヒーを缶詰で販売ふる自体、当時笑われたそうです。


1970年、大阪万博のビッグチャンスに目を付けました。

実験的に大阪万博で販売した結果、なんと大ヒットしました。

 

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⑦まとめ

逆に実用化されていない活気的商品を紹介します。

 

全自動人間洗濯機(ウルトラソニック・バス)

 

①人がガラス張りの浴槽に水着姿で入ります。

②自動でお湯がたまっていきます。(自動でお湯かたまる事も活気的)

③そして、一杯になりかけた時、00個のゴムボールが放出されます。(コント?)

④お湯の勢いでボールが体に当たることで、マッサージ効果があり、そして洗われるとの事です。

 

この全自動人間洗濯機(ウルトラソニック・バス)を見るためにサンヨー館(三洋電機)のパビリオンには、連日長い列ができて、期間中に約586万人が入場しました。

現在では、大阪府門真市のパナミュージアムで常設展示されているので宜しければ見る事ができます。

 

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いかがでしたか。

万博の未来への発信力が、すごい事は理解して頂けたかと思います。

2025年が楽しみですね。

では!

 

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